雨がやまない。梅雨なんだから仕方ないって言えば、仕方ないんだけど、梅雨の晴れ間もないから洗濯もできない。うちは古い借家で、乾燥機をつけるようにはできていない。だから、洗濯物が溜まってどうしようもなくなると、コインランドリーを利用するしか方法はないのだ。
部屋干ししたらいいと思われるかもしれないが、部屋干しできるスペースもハンガーをかけられるような場所もない。雨が降ったら、洗濯はできずに溜まる一方なのだ。北陸地方のように室内に物干しスペースがあればいいのだが、関東地方にそれを求めるのは、なかなか難しい。
もしも、自分たちの家を建てるのであれば、もちろん、部屋干しスペースを作ってもらうか乾燥機が使えるような設計にしてもらうけど、残念ながら家を買う予定もない。
若い頃は、マイホームを持つことが重要だとは思ってこなかった。お金もなかったし、一生、借家住まいで構わないと思ってきた。でも、最近になって家が欲しくなってきた。借家じゃなく、自分たちの家。ローンが組める年齢でもないので、息子に建ててもらうしかないのだけれど、息子は親と住む家を建てたがらないだろう。
そこまで親孝行を強要するわけにはいかないし、もう、十分に親孝行はしてもらったと思っている。機能不全の家庭で、ぐれることもなく子供たちが育ってくれただけでも満足しなくちゃいけないと思う。長雨で洗濯ができない私のためにコインランドリーまで連れて行ってくれる娘にも感謝だ。コインランドリーで、もたもたしているから、娘が手早く洗濯物を洗濯気に放りこんでいってくれる。
私は完全なダメ母というわけだ。
梅雨は嫌いだ。雨は嫌いだ。でも、日本人の肌がきれいなのは、この雨の多さ、湿度の高さが要因になっているらしい。これだけ湿度の高い国だと、肌が乾燥せず美肌を保てるということらしい。だから、梅雨も悪いことばかりしているわけじゃない。
大雨によって災害が起きるのは問題だが、田んぼに水は必用だし、ダムも枯れてしまったら困る。一時の間なのだから我慢しなくちゃいけないとは思っている。お日様が恋しいというのはあるが、日本の季節から梅雨を外すことはできないのだから上手に付き合わなくちゃいけないだろう。
関東地方でこれだけ困ってしまったり、雨を憂鬱がっていたりしたら、毎年、台風の直撃を受ける沖縄辺りの離島や、冬もどんよりとしてしまう北陸地方に住む人たちに悪い。私も石川に住んでいたことがあるが、冬はまず晴れないし、雪は降るし、梅雨だってある。その代わり、家の中には洗濯物を干すスペースが用意されていた。今となっては懐かしい思い出。でも、金沢は嫌いじゃなかったな。
嫌なことも多かったし、心の病を発症したりもしたけれど、金沢での暮らしは気に入っていた。受洗したのも金沢だし。いろいろあり過ぎて、記憶も曖昧になっている部分が多いんだけど、嫌いじゃなかったということは覚えている。
雨が降ると、金沢に住んでた頃のことを思い出すのは、条件反射みたいなものだろう。もう、金沢を離れてから15年くらい経つのではないだろうか。一時は石川にずっと住み続けようと考えていたこともあったけど、結局、関東に帰ってきてしまった。夫は関西出身なので、関西に帰りたかったかもしれないが、何故か、こっちに引っ越すことを選択した。
私が関西での暮らしに馴染めなかった過去があるからかもしれないが、そこまで気を遣うような人ではないので、おそらくは、震災で変わってしまった神戸を見たくなかったんだろうと思う。
梅雨は、私にいろんなことを思い出させる。決していい思い出ばかりではない。私が金沢を好きだった理由は、多分、外に働きに出ることができたからだと思う。心の病が酷くなって、仕事を辞めるまで、短い期間ではあったけれど、働くのは楽しかった。自分で稼ぐって私の中ではとても大事なことで、養ってもらうのは性に合わない。
今は専業主婦の身で、今更、働きに出られるような歳でもないが、もし、こんな私でも働ける場所があるなら、働きたい。家事と仕事の両立は、おそらく、子供たちが成人した今なら、昔ほどしんどくはないはずだ。
今日も雨が降っている。この雨が私の過去を洗い流してくれればいいのにと願う。心に突き刺さった棘は抜くこともできないし、雨が私に思い出させるのは辛かったことの方が多いのだ。辛過ぎて、忘却している部分も多いので、記憶が斑状態なのだが、幸せとはいえなかったことは分かる。
多分、これからも雨が降れば、過去が私を苦しめるだろう。梅雨は嫌いだ。悪いことばかりではないかもしれないけど、思い出したくないのだ。いつ、梅雨明けするのだろうか。
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