今日は遠く北海道で暮らす三男坊の誕生日。こっちで就活していたから、ろくな仕事先にも巡り合えず、内定していた会社は1日も出社することなく退職し、おまけにうつ病を発症して現在療養中。1人だから心配なんだけど、こっちに帰ってくる気はさらさらないらしい。まあ、帰ってきても悪化しそうな気はする。
今朝、お誕生日おめでとうLINEをしたら、ありがとうってスタンプが返ってきたから、ちゃんと朝、起きられるようになったんだなってちょっとほっとする。離れて暮らしていると、なかなか心配なことが多くて、できれば帰ってきて欲しいと思うけど、本人にその気がなければどうにもできないし、寛解しても仕事があるかどうか心配だし、子供の心配は多分、生涯続くんだろうなって思う。
大学院まで出ているから、今年で26歳になった。26歳っていったら、もう結婚して子供がいてもおかしくはない年齢なのに、未だに心配ばかりだ。私の子供たちが結婚して親になる図なんて想像できないけど、孫の1人や2人いてもおかしくはないんだよね。
誰も結婚願望がないから、仕方ないと言えば仕方ないんだけど、孫は子供よりも可愛いっていうし、孫のいる生活っていうのも興味がないわけではない。
三男坊の場合、結婚よりも病気を治すのが先決だけどね。本人は在宅ワーカーを目指すと言っているけれど、在宅ワークも決して甘い世界ではない。今、病気のせいで外出したくないと思っているんだろうけど、寛解すれば社会に出て働ける。うちもいつまでも仕送りできないから、早く良くなってもらわないと困る。
私も精神を病んでから20年くらい経つんだけど、私の場合は最初の診断が間違っていたから長引いているだけで、的確な診断を受けていたら、今頃、寛解してもっと元気に暮らしていただろうと思う。心の病気は目に見えないから、診断が難しいのだろう。
レントゲンで分かるわけではないし、症状を聞いて判断するしかないんだから。もしかしたら三男坊だって、うつ病じゃなくて他の精神疾患かもしれないわけで、ほんと、心配で仕方がない。
気質は遺伝するから、子供たちはみんな精神を病んでいるか病んだ経験があるかだ。それでも、私の症状を知っているから、それなりに自分で対処ができるらしい。三男坊もせっかくの誕生日なんだから、今日は調子がいいと良いなと思う。2日調子が良くて1日調子が悪いというリズムになってきたらしいので、養生すれば来年の春頃には、寛解を迎えられるかもしれないと期待している。
精神疾患は決して、メンタルが弱いからなるものではないので、原因も良く分からない。自分の鬱症状の原因はおおよそ検討はついているけれど、三男坊に関してはまるで分からない。もしかしたら、ウサギさんが死んでしまったせいかもしれない。誰よりもウサギさんは三男坊に懐いていたから。
死に目には会えないって覚悟して北海道に行ったんじゃないのかって突っ込みを入れたくなるんだけど、自分が移住してからあっという間に亡くなるとは思っていなかったんだろう。まったく、私がペットロスになるなら分かるけど、三男坊が何故ペットロスになるんだか。
とりあえず、誕生日おめでとうの日だ。彼が生まれた日は、良く晴れていて当時はまだ体育の日だったので祝日だった。夫が長男坊と次男坊を連れて動物園に行って、まだ見ぬ弟のためにお土産を買ってきてくれたっけ。3500g以上ある大きな赤ちゃんで(4人の中で1番デカい)、なかなかお産が進まなくて大変だったのを覚えている。
まだ、陣痛がちゃんとついてないうちに病院に行ったりしたから、ベッドの上でのたうちまわることになって、とても大変だったんだ。長男坊と次男坊は、計画出産だったから、自分で陣痛が来てから病院に行くなんて初めてで、もっと痛くなってから行くべきだったと後悔したよ。
頭の大きな子で、難産とは言わないないけど、大変だった記憶がある。阪神淡路大震災のあった年。病院の壁とか、まだヒビが残ったままだった。夫が仕事で、子供たちを病院に連れてきて置いていくから、産後、体を休めることができず、出産の翌日には上2人を追いかけ回してふらふらになった。そのせいか、産後の肥立ちが悪くて、しんどかったんだ。
退院してからも体調が戻らなくて、それなのに、3人の子育てはワンオペで(4人目もワンオペだったが)、相当、頑張ったと思う。退院してすぐ、次男坊を喘息で病院に連れていったりもしたし、遠くまで買い物にも出かけたし、料理も手抜きなしでこなしたっけ。今になったらいい思い出だ。
離れて暮らしていても、いや、離れて暮らしているからなお、愛しいと感じるのだろうか。
スポンサードリンク