薄情だと思われても仕方ないが、私は母にも会いたくないのだ。月に1度は会いに行っていたけれど、母がケアハウスに移ってからは数えるほどしか面会に行っていない。もちろん、コロナの影響もあるけれど、私自身が、もう、母と会いたくないと思ってしまったんだ。
実家関係の人たちには極力会いたくない。義実家の人たちとも仲良くする気はない。夫は自分の親とも縁を切っているから、義実家のことは放置しておいても問題はないだろうけれど、私の実家関係は縁を切りたくても、なかなか切れない。故に面会に行かないことを妹になじられる。
妹には、私の気持ちは分からない。母が遠い昔に私に何をしてきたか、なんて記憶にもないだろうから。妹とは5歳も離れているし、自分のことじゃないから忘れていたとしても当然だろう。でも、私は覚えている。復讐してみたけれど、すっきりしない。復讐なんてするもんじゃない。もしかしたら、こうして会いに行かないことが1番の復讐になっているのかもだけど、過去のことを覚えていない母には何も響かないだろう。
私は母に会っても、楽しい気持ちにはなれない。すっかり弱ってしまった母は、それでも長生きしたいという。私は冷たく、まだ生きるつもりなの?って思ってしまう。妹は母命だから、母に何かあったらと心配で仕方ないらしく、毎週、コロナ禍にあっても無理矢理、入室していたらしいけれど、そこまでする必要性を感じない。刺激がない生活で母の頭が少し認知症気味になっていることは認めるけれど、それでも会話は成立するから、そこまで心配していない。
もし、母が本当に認知症になってケアハウスにいられなくなったら、その時は、認知症の人も入居できる施設に入れればいいと思っている。面会には行く気はないけれど、要介護にならないと入れない施設は結構あるんだ。医者または看護師が常駐しているような施設に最初から入居させれば良かったのに、自立型のケアハウスになんて入れるから、家族のサポートが必要になる。
でも、そのサポートを私はする気にはなれない。妹がしっかり全部やっているし、そのせいで妹がヒステリックに叫ぶんだけど、彼女のやっていることは、決して母のためにはならないだろうと思う。会話が頓珍漢になった途端に、さっさと死ねばいいって発想が生まれてきてしまうくらい母命だから、母が亡くなったりしたら、後追いしかねないとは思っている。
私はバカバカしくて、そんな気にはなれない。もう、正直、母の生死などどうでもいい。ただ、面倒なのは嫌だ。少しでも長生きさせたくて、母に禁止事項を課している妹が、母が訳の分からないことを言い出した途端に死ねばいいんにって変わってしまうのも驚きだが、実際のところは長生きして欲しくて、しかも昔みたいにピンシャンしていて頭もはっきりしていなければ嫌で、って、そんな都合のいい話があるわけがない。
まあ、母の訳の分からない言動にヒステリーを起こした妹に代わって、毎朝、電話をするようにはなったけれど、それ以上を私に求めるのは無理だ。だって、長生きして欲しいなんてこれっぽっちも思っていないんだから。妹が言うほど、母は壊れていないし、会話も成立しているのに、何で妹は怒るのかが理解できない。
だいたい、もう、母には電話もしないって言っていた翌日には電話をかけているような妹が、母を見捨てるような真似はしないだろう。だから、私が会いに行って面倒をみる必要もないだろう。朝の薬を飲み忘れないように注意をする電話をしているけれど、妹も電話しているらしいから私が抜けても問題は無かろうと思うのだ。
母に会って、過去の恨みつらみを思い出すのは嫌だ。自分がしてきたことをすっかり忘れて、私はいい母親でした的な顔をされるのも腹立たしい。親戚からいつでもかくまってあげるから逃げておいでって言われるような虐待をしてきたなんて、母はすっかり忘れている。それだけでもムカつくんだ。
私のことを捨てようとしたことも覚えていないだろう。会っても、胸のモヤモヤ感は消えないだろし、母を罵倒して帰ってくることになるかもしれない。そんなことをするのは時間の無駄。会いたくもないし、長生きも望まない。もう十分長生きしたし、これ以上、長く生きて歩けなくなったり、認知症になったりしたら、妹がまた暴走するだろう。
本当に迷惑なのだ。実の親だからといって、無条件に愛せるものではない。いい思い出なんて欠片もないのだ。今更、母親面しないでよって何度思ったことか。
母が私の味方に付くことなど考えられなかった。でも、1度だけ庇ってくれたことがある。中学の三者面談で、先生が私の欠点を指摘した時に、一緒になって糾弾しそうな母が私を庇ってくれて、帰り道に手袋を買ってくれた。それだけだ。信じられない光景を見たと思った。何か裏があるのではないかと勘繰ってしまうほど、普段の母は私に暴力をふるっていたんだから。
赦さなくちゃいけないことくらい分かっている。私の復讐を母が赦してくれたように。でも、私、人間がそこまでできていないので、やっぱり母には会いたくない。
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