先日、メンタルクリニックに行って、ドクターにここ4週間の調子を訊かれたから、母が亡くなったことを伝えて、そのダメージを食ったのか、不調が続いているって話をした。私の不調のことは特に何も言われなかったけど、母が亡くなった年齢が87歳だと言ったら、あなたは87歳以上生きなければダメだよって言われた。
親の年齢よりも長く生きるのが、残された子供のミッションだって。じゃあ、ドクターは97歳以上は必ず生きなければならないじゃんって内心思ったんだけど(ドクターの母上は97歳で存命中)、流石にそう言うわけにもいかず、そんなに長生きしたくないって答えておいた。
今だって生きるのがしんどいんだから、あと27年間も生きるなんて冗談にもほどがある。でも、これが冗談ではなく本気で言っているんだよね。命のバトンは親よりも長く生きることで引き継がれるって真剣に言うんだから。自分には子供がいないから、バトンは放り出しちゃったけど、私には4人も子供がいるから、命のバトンは引き継いでいかなくちゃいけないって。
正直、それは無理ゲーだろうって思った。今だって、長く生き過ぎたって思っているのに、まだ27年間も生きなくちゃならないって何の罰ゲームなんだ?私はそんなに長生きしたくないし、長生きすることによって、子供たちに負担をかけたくない。認知症になったり、足腰弱って介護が必要になったり、病院代がかさむようになって、子供たちの負担を増やしたくはない。
全く、ドクターも無茶苦茶言う。多分、私が後追いしないようにという予防線なんだろうけど、言われなくても後追いなんてしない。でも、残り27年も生きるつもりもない。
これから先、衰えていくだけの人生で、誰が後27年間も生きたいと思うのか。余程、お金に余裕があって健康でなければ、そこまで生きたいと思うだろうか。確かに生命は生きたがるものだということは分かっているけれど、生きている以上、必ず、死は訪れるわけで、自分の母親が長生きしたからといって、自分がその歳を超えて生きる必要性はないだろう。
細く長く生きるより、太く短く生きる方がいいっていう人もいるし、何が何でも長生きしたいっていう人もいる。私は、もう十分に生きたから、いつ神様の時が来てもいいんだけど、死んだら死んだで迷惑かけることになるって、母に死なれて良く分かった。
死亡後の手続き等も全て妹に丸投げしてしまって、私は何もしていないんだけど、なかなか大変だったみたいだ。死んでも、生きていた時の住民税の督促とかも来るし、施設からの利用料の支払い請求も来る。それらも全て妹任せで、流石に申し訳ないなって思うんだけど、下手に手を出して、できるならお姉ちゃん全部やってって言われるのが怖くて、逃げて回ってる。
その妹も、早く母に会いたいから、長生きするのは嫌だと言っていた。今の時代、87歳なんて若い方なのかもしれない。でも、私には途方もないくらい長い時間に感じるんだ。もう、これ以上、長く生きたくないって思っているからかもしれないけど、ほんと、母の年齢を超えて生きろっていうのは無理ゲーだと思う。
でも、悲しむだけ悲しみなさいって言われたことは救いだった。気丈にふるまってはいるけれど、死なれて1ヵ月やそこらで立ち直れるほど、強くないんだ。自分では気が付かないうちに、母のことを考えてる。
子供の頃、虐待されて育った私でも、母親っていうのは時別な存在なんだなって思った。母が死んでも泣かないって思っていたけれど、結局、大泣きしたし、今も悲しい。なんていうか、体に力が入らないんだ。何もする気になれない。
家事は必要最低限のことしかしていないし、過眠過食の症状が現れているし、ほんとに、調子が戻らない。知らぬ間に涙が出てくる。まあ、身内を失くしたらしばらくは、そんなもので心配には及ばないのかもしれないけど、母親の存在の大きさに、今更ながら愕然としている。
でも、だからといって、母の年齢を超えて生きたいとは思わないし、ドクターの無茶ぶりに呆れてもいる。生きていればいいって言ってくれるのは有難いが、長生きは正直辛いのだ。あまりの無理ゲーぶりに、妹にこの話をしたら、妹も無理だと言っていた。早くママに会いたいから長生きはしたくないと。
いや、ほんとに無理ゲー。あと27年も生きるなんて絶対に無理。そんなに長生きしたいとか思っていないのに、どうしてそこまで生きることが出来るのか教えて欲しいくらいだ。でも人の生き死には、神様にしか分からないし、全てを神様に委ねて生きるしかないから、ひょっとしたら生きちゃうのかもしれない。
考えたくはないけど、人生、何があるのか分からないから、覚悟だけはしておくべきなのかもしれないと思う。
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