今日の夕方までは滞在していくはずだった長男坊が、朝、慌てて帰って行った。なんか、待機とかのスケジュールを見落としていたらしい。ぶつぶつと文句を言いながら、帰っていく彼の姿を見て、一抹の寂しさを覚える。楽しみにしていたデートが仕事ですっぽかされた時に似た感覚。今日、話せばいいじゃんって昨日を蔑ろにしたことが悔やまれる。
もう2度と会えないとか、そんな大袈裟なことじゃない。ゴールデンウィークになれば、きっと長期休暇も取れるだろう。そうすれば、帰ってくるだろうし、また、彼のとんでもない未来像を聞く機会もあるに違いない。
長男坊は少々、変り者なのだ。まあ、変り者でなければ、自衛官なんて続かないだろう。学生化される前の工科学校出身なので勤続15年か16年ということになる。自衛隊しか知らないから、常識がなかったりするけれど、家ではグデっとしているのに、門をくぐる瞬間背筋が伸びてピンとする変わり身が凄い。彼には自衛隊という組織はあっていたのだろう。家にいたらただのダメ人間になっていただろうと思うと、自衛隊には感謝しかない。
彼は定年退官する時まで、自衛隊に残る覚悟で臨んでいるが、多くの任期付き自衛官は任期が満了すればやめてしまうし、同級生も何人も辞めているらしい。結構、過酷な世界だ。上下関係も厳しいし彼のような下士官からすれば、逃げ出したいと思うことがあっても当然だろう。でも、彼には辞める意思はまったくない。
できることなら、彼が退官するまで平和が続いて欲しい。災害も起きず、戦争に巻き込まれることもなく。自衛官は暇であればある程いい。それは日本が平和だという証なのだ。
長男坊が少年工科学校に入校する時、私の妹などは散々、悪く言った。自衛官にするなんて何を考えいてるんだって。ちゃんとした高校に行かせて、大学に行かせて、就職させる方がいいというのが彼女の考える理想の姿であって、自衛官のなる道は理想とはかけ離れたものだったのだろう。
彼が自衛官になりたいと言って、厚木の募集所に通いつめていたことも、自衛官のなるために勉強も頑張っていたことも、何も知らないくせに。親の敷いたレールの上を走らせることが親の愛ではないということも彼女は知らない。
それが、3.11が起きた時に手のひら返しして、自衛官は素晴らしいと言い出した時には正直、引いた。それまでの言いようは何だったのか。自衛官が素晴らしいのは、阪神淡路大震災で証明済みだろう。私は、あの時に子供の1人は軍人にしたいと思ったのだ。
私には男の子3人、女の子1人の4人の子供がいるわけだが、彼らの選択にケチをつけたことはない。長男坊が自衛官になることも、長男坊が決めたことであって、無理強いしたわけでもなんでもない。自分で厚木の募集所に通って、少年工科学校に進学を決めて陸自に入隊することを選んだ。頑固な一面もあるし、運動神経も鈍い。自衛官に不向きだとも思えるのだが、人は変わるものだ。
もちろん、順風満帆な自衛官生活が送れたわけではない。メンタルをやられて自衛隊病院のお世話になった経歴もある。そのために、彼は幹部にはなれない。どんなに優秀であっても下士官で退官することになる。考えてみれば、理不尽な話だ。
適応障害など、誰にでも起こりうる病気だ。もし、彼が黙っていたら受診することをしなかったら、もしかしたら、今頃は幹部になっていたかもしれないが、そうなると、大好きな戦車には乗れなくなる。どちらを選んでも一長一短ということで、幹部になれないからといって腐ってはいない。
まあ、今の駐屯地も戦車はいないから、北海道への転属願いを出すらしいが、それでいいと思っている。もともと、何で今の駐屯地に行かされたかといえば、夫の心臓のせいなのだ。夫に何かあった時、2時間で帰宅できるということでの配属だ。でも、多分、夫は自分の死に目に長男坊が間に合わなかったとしても気を悪くするようなことはないだろう。
夫の病気の場合、突然死が1番多いのだ。だから、私だって死に目に会えるかどうかなんて分からない。そんな分からないことのために、戦車に乗れないというのは酷い話だ。余命宣告された当時と比べて、5年生存率は上がっているし、なかなか会えなくなるけれど、戦車部隊に戻してあげて欲しいと思う。何と言っても、彼は戦車に乗りたくて、自衛官になったのだから。
戦車が好きで好きで、シルエットを見せたら、何処の国の何という戦車かまで当てられる。ミリタリーマニアというわけではないが、戦術戦法に関しても異様に詳しい。生徒時代はダメダメな生徒だったらしいが、実際に戦車に乗せたら化けたのだ。機甲に推してくれた教官には感謝しかない。
これが普通科とかに配属されていたら、ここまで自衛官を続けていたか、定年退官まで辞めないと言い切れたかどうか、怪しいろころではある。
もうそろそろ、彼も部隊に帰りつく時間になるだろう。着いたら連絡しろって言っていたのに、また忘れているな。まったく、仕事以外は抜けているのは父親譲りか。
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