濡れ落ち葉という言葉をご存じだろうか。これは、ただ濡れた落ち葉を指す言葉だけではなく、定年後の旦那さんが奥さんが出かける度に付いてきたり、何処に行くのかとしつこかったりすることも指すのだ。濡れた落ち葉は、足に貼りついてなかなか厄介なので、奥さんにくっついていきたがる旦那さんのことを濡れ落ち葉という。
私にも夫がいるわけだが、彼の場合、濡れ落ち葉以前の問題だ。私が外に出ることを極端に嫌がる。自分が同行する分には構わないが、私が単独で出掛けようとすると全力で阻止する。まあ、私自身がそこまで外に出たいとか思わないし、出かける時には子供たちが同伴してくれることが殆どなので、それほど困ることはないのだが、やはり、あまりいい気はしない。
自分が出かける時には家族のことなど、まったく考えていないのに、何故、私が出かけるとなると、嫌がらせのように困らせることを言って、出かけるのを阻止しようとするのか。私だって、たまには遊びに出たいこともある。
買い物もしたいし、映画も観たい。晩御飯を作る時間までには帰るのだから、昼ご飯くらい自分で用意できるようになってもらわなければ困る。出かけるから昼ご飯、自分で用意してね、なんて言おうものなら、食べないって言いだす始末だ。これでは安心して出かけることもできないし、何も楽しめない。家に縛り付けておきたいだけとしか思えない。
大抵の旦那さんは外に働きに出ているだろうから、お勤めに出ている間は奥さんは(働いていないこと前提)好きなように外出しているだろうし、友達も大勢いることだろう。方や旦那さんの方は職場が全てで趣味すらないことが多いのだろう。もしかしたら友達もいないのではないか。
ご近所の人たちと話をすることもなく、定年後の旦那さんの世界は、思いっきり狭くなる。そこで、奥さんに纏わりつくようになるわけだが、奥さんの方はそんな旦那さんが鬱陶しい。旦那さんが毎日家にいるとストレスになるし、自分の生活ペースが乱されるわけだから、逃げ出したくもなる。
それで、外出しようとすればついてこようとする。もう、鬱陶しいを通り越して殺意まで抱かないとは言い切れない。世の男性は、仕事が全てと思わず、自分1人でも生きていかれるように生活力をつけるべきだろう。趣味を作っておくことも大事だ。
熟年離婚されたくなかったら、お互いがいい距離感を持って生活しなければダメだと思うのだ。必要以上に奥さんに纏わりついていたら、自分が死んだ時に、清々したと言われかねない。夫婦といえど、他人なわけで、その他人のことを全て独占しようなんて間違いだと思う。
せいぜい、濡れ落ち葉と思われないように、自分1人の時間を楽しめるようになっておかないと、人生100年時代を孤独に過ごすことになる。
うちの夫など、職場が自宅ということもあり、私のストレスは溜まっていく一方ではある。自分のペースで動けない。夫が少し寝坊すれば、朝の日課をこなすこともできないし、家事だって好きなようにはできない。出かけるなんて論外で、母の墓参りさえ行けるかどうかが分からない状態だ。これだけ束縛しておいて、生活に困れば働きに出ろって言いだすわがままにもうんざりさせられる。
別に、働きに出るのが嫌なわけではない。問題は精神疾患患者である還暦を過ぎ、もうすぐ61歳になろうかという私に働き口があるかどうかだ。シルバー人材センターで職を紹介してもらったとしても、単発か、週2~3日のアルバイトかだろうと思うし、正社員としてしっかり給料が出る仕事にはつけそうもない。
自分が働きに出てくれと言ったとしても、おそらく、それが毎日のことで、自分の昼食が用意されていないとかが日常になったら、キレるだけだろう。夫のためにお弁当を作っておくっていう手もあるが、少し、甘やかし過ぎた感はある。これで、私の方が先に逝くようなことになったら、どうやって生活していくつもりなのだろうか。
私は夫がいなくても、経済的な部分は置いておいて、生活していくことに困ることはない。自分で掃除も料理もできるし、お皿が何処のしまわれているか、ちゃんと把握できている。どこに何がしまわれているかも分からない夫とは違う。夫は覚える気がないのだ。やってもらって当然だと思っているのだ。そうでなければ。自分1人でできる健康チェックで、私に頼るなんていうことはないだろう。
まったく、出かけなくても濡れ落ち葉状態だ。何が何処にあるのか分からない。コーヒー一つインスタントコーヒーすら自分ではいれない。何か見つからなければ、自分で探そうともせず、探させるのは日常茶飯事で、生活力は0に近い。
もっと、家庭のことに興味を持った方がいい。私が何でもかんでもやってくれるから、自分は何もしなくていいなんて考えているのだとしたら、それは大きな間違いだ。いつ愛想を尽かされても、文句は言えないんだから、もう少し危機感を持った方がいいのではないだろうか。
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